■概説書の傑作:芦部信喜『国家と法Ⅰ 憲法』

 

1 概説書の傑作:『国家と法Ⅰ』

概説書を読む効用は、全体の見取り図を示してくれることにあり、概説書全体を魅力的に記述するのは奇跡的なことかもしれない…と先日のブログで書きました。ただ、例外はあるものです。芦部信喜『憲法』の元になった放送大学テキストは概説書の傑作でした。

『国家と法Ⅰ 憲法』を取り出してみました。本文が180ページのこの本に500ページちかい岩波版『憲法』の骨格のすべてがあるという気にさせられます。文章がわかりやすく、何といっても見出しのつけ方が秀逸です。ここがポイントかもしれません。

全体で15章あります。これは放送の回数なのでしょう。180ページが正確に15分割されているため、1章が12ページからなっています。1ページあたりの文字数がだいたい700字程度です。このくらいの分量で、憲法の中核的なところが解説されています。

 

2 東大の講義録を元に構成

憲法を学んだ人なら芦部信喜を知らない人はいないはずです。代表的な憲法学者ですし、芦部『憲法』は代表的な教科書です。解説書の多くの項目で、出典として明示されています。いまさら記述の内容がすばらしいといっても、驚きはないでしょう。

大切な点は、芦部『憲法』は専門的な内容にもかかわらず読みやすいということです。その秘密は、『国家と法Ⅰ』の成立事情から推定できるように思います。この本は東大での講義録から作られました。受講者への対話が元になっている点が重要でしょう。

はしがきで芦部は、教え子の戸波江二が<私の大学における講義録を元にして書いた原稿を自由に補正して使うことを承認してくださったおかげで、不完全ながら初期の方針通りにまとめることができた>と記します。誰に向けて記述するか…が明確だったのです。

 

3 「誰に・何を・どのように」という原則

『国家と法Ⅰ』では、<日本国憲法を学ぶ場合に特に重要な点の一つは、人権を裁判によって保障する制度(違憲審査制)が新たに導入され、憲法問題が裁判所を通じて具体的に議論されるようになったこと>であるとしています。ポイントが明確です。

従来の教科書の構成を踏襲するのではなく、芦部の重視する点を中心に構成されています。<学習を通じて「法の支配」の原理の意義をよく理解するよう務められることを希望したい>とはしがきに記すとおり、何を重視するか…のメリハリがついています。

また芦部は、項目・見出しだけで内容の中核が何であるかがわかるように、項目と見出しを工夫しています。章あたり12ページの内容を3~5のパートに分けて項目名をつけています。さらにたくさんの見出しを立て、項目の下位の内容を明示しました。

詳細な項目と見出しによって、<私が書くのはおこがましいが、程度はかなり高く>という内容が読みやすくなっています。「誰に・何を・どのように(who・what・how)」という原則を掘り下げて作りあげた結果、概説書の傑作が成立したように思います。

 

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