■デイヴィッド・ヒュームの文章練習:意識的に明確に書く「文法的な文章」

 

1 「印刷機からの死産」

デイヴィッド・ヒュームは、原因結果の関係を「認識論」の問題と捉えなおしたイギリス最大の哲学者と言われています。以前、中公クラシックス版の『人性論』をお勧めしたことがあります。内容がすばらしく、よい解説付きの抄訳なので何とか読めると思います。

<カントがヒュームによって「独断のまどろみを目覚めさせられた」と『プロレゴメナ』に記したことも哲学史記述の必須の項目>と一ノ瀬正樹が解説で言います。間違いなく内容は重要ですし、すばらしいのです。しかし、わかりやすい文章ではありません。

実際、ヒューム自身が『人性論』について、「印刷機からの死産」だったというほど売れませんでした。内容について自分でも自信があったのに、まったく読まれないのはなぜなのかと反省した結果、文章が悪い、書き方が悪かったのだろうと思ったのでした。

 

2 英作文の勉強をしなおす

ヒュームは1711年に生まれ1776年に亡くなっています。イギリス古典経験論を代表する哲学者です。渡部昇一『アングロサクソンと日本人』によると、<イギリスで哲学が話題になるとヒュームばかり><イギリス哲学界ではお釈迦様の掌みたいなもの>とのこと。

こういう人が『人性論』を出した後に、<自分のスコットランド英語はまずい。書いたことは無用に難しくなっている。少し英語の勉強をしなおそう>と思い、<英作文の勉強をしなおした>そうです。すごいことだと思います。このとき採った方法が以下です。

当時「スペクテーター」という、非常に平明な文章で書かれた雑誌があった。同じ頃アメリカでもベンジャミン・フランクリンが作文の手本にしたという雑誌である。この雑誌を精読して英作文の練習をした。いかに新聞の文章のように誰でもすらすら読めるように書けるか、その工夫をしたわけである。(『アングロサクソンと日本人』)

その後、ヒュームはさまざまな雑誌に寄稿して、それらが読まれるようになり、<遂にはイギリス始まって以来、出版で一番儲けた男といわれるまでになった>とのことです。内容がよくても書き方が悪かったと反省して、徹底的にわかりやすく書いた結果です。

 

3 文法的な文章を書く名人に

ヒュームの文章練習は大きな意味を持つことになります。『人性論』の出版が1739年、その後、英作文の練習を行い、<彼以後の約百年間、ヒュームの英国史を読まざるものはジェントルマンにあらずと言われたほど>の『英国史』が1754-62年に書かれました。

1762年、ロバート・ラウスが<イギリス人が求める“国語への規範”を与える文法書を出版し、一世を風靡>しました(渡部昇一『英文法を知ってますか』、以下同書)。この文法書に<圧倒的に多く引用され>たのが、同時代の『英国史』だったのでした。

アダム・スミスもフランス語を英訳する練習をするなど、ヒュームと<同時代に生きた著名なスコットランド人たちを見ると、自分達の英語がイングランドの英語でないという意識があって、意識的に明確な英語を書き、語ろうと努力する風潮があった>とのこと。

その結果、<文法的な文章を書く名人と見なされ>、文法書の用例に多く採用されることになりました。意識的に明確な文を書こうと努力しない限り、明確な文章にならないのでしょう。努力によって簡潔・的確な「文法的な文章」が書けるようになったのでした。

 

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