■英語を書く能力と格差:規範英文法と現代のビジネス

 

1 階級を越える力となった英文法

イギリスやアメリカでは、階級の差が教育水準に大きく影響しているようです。そのため、正式な文書の書ける人はどうしても上の階級の人に限定されがちでした。そういうとき、英文法が示されました。これを使うと正式な英文が書けるようになるのです。

文法というのは、誤解されているところがあります。英語の文法というのは17世紀の中ごろから急にまとまってきたんですけど、これはなぜかと言うと、イギリスの社会が、なんていうか、産業化のために身分が動き始めたんです。出世するためには何が重要かと言うと、人に笑われない英語を書くということなんです。

渡部昇一が『日本人はなぜ英語に弱いのか』という鼎談集で述べていることです。英文法を確立したのがラウスでした。<その人が書いた文法が一世を風靡した。その文法書を手本にすれば、文を書いても笑われないという規範が出来たんです>ということです。

ラウス以降、英文法はさらに洗練していき、18世紀の最後になって、<非常にわかりやすくした>マリーの文法が<全世界を支配した>のでした。きちんとした文章が書けるようになることが、<労働者階級が中産階級に入る唯一の道だった>と渡部は言います。

 

2 問題を生み出す新たな構造

英文法の成立には、以上のような前提がありました。しかし階級を飛び越えるという動機が薄れたためか、規範文法は廃れてきました。結果的に文法ルールにそった英語を書く人が減ってきたようです。これで問題がなければ良いのです。問題が生じてきています。

グローバル化の時代になって、アメリカ英語やイギリス英語以外にも、インド、フィリピン、シンガポールなどの英語も変種として認められ、アメリカ国内のアフリカ系アメリカ人の英語も標準アメリカ英語と違った形式で成立しています。多様性の成立です。

こうなると、その人の考えや能力は、書いたもので判断するしかありません。学問の世界で常識だったことが、ビジネスの世界でも常識になりつつあるということです。話し言葉は自由に、しかし書き言葉は国際標準でということになります。ここが問題です。

 

3 フォーマルな書き言葉の訓練を

古田直肇は『英文法は役に立つ!』で、<規範英文法こそが、国際英語のモデルとして最もふさわしい>と指摘し、アメリカ心理学会の出した<マニュアルの文法の項目に記載されているものは、驚くほど伝統的な規範英文法にそっ>ていることを紹介しています。

最近の英米では、どうもまともに規範英文法を教えていないようで、私の見る限り、多くのネイティブは、規範英文法が苦手です。つまり、彼らは、話せるだけで、適切に書くことが出来ないのです。フォーマルな書き言葉は、インフォーマルな話し言葉とは別種のものです。

古田は留学先でクラスの見本となる英文を書いたため、アメリカ人学生の<レポートの英文に文法上の間違いがないかどうかをチェックする役目>を先生から依頼されています。その経験からの発言です。ネイティブでも、ある程度訓練しないと書けないでしょう。

大学院で論文指導をされた人の英語と訓練なしの人では、書く英語が違うのは当然です。アメリカでは格差が問題になっています。書く能力が格差を生んでいる面があるのかもしれません。日本語でも同じことが起きようとしています。どうやら急速に…です。

 

 

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