■中川一政の立体論

 

1 立体を感じること

わかりやすい説明をするためのヒントになるかもしれないと思って、D・カーネギー『話し方教室』を手に取りました。ところが、知的行きかた文庫版の冒頭に置かれた森本毅郎「解説にかえて」を読むうちに、思いが別のところにいってしまいました。

森本は、画家の中川一政が93歳の誕生会であいさつした話を紹介しています。画家の友人の石井鶴三が、「でたでたつきが」という童謡の「ぼんのような つきが」に怒っている、富士山を「扇を逆さにしたような」というのもよくないと言っていると語ります。

<月というものはお盆のように平面的なものじゃない、ちゃんとした立体なんだ>と怒るのだそうです。<彼は彫刻家だからいつも立体と言うことを考えている>からです。中川も同じです、<絵は平面に描くんだが、感じることはやはり立体なんです>…と。

 

2 モノの見かた

画家達の話を聞くと、しばしば出てくることですが、モノの見かたには、外形をトレースするように輪郭をみる見かたと、モノをなでるように立体で捉える見かたがあります。立体で捉える見かたはさらに進んで、実在を見出すという発想につながります。

デカルトは、絵のおもな価値を外形におきます。影や色を絵の本質的な要素とは考えませんでした。外形が本質なのです。これは画家のモノの見かたと違います。中川は立体を見ようとするモノの見かたについて、さらにすすんで絵に限らないと語ります。

考えてみると、物事を平面的に捉える傾向の強い時代は、どうも文化の水位が下がっている。物事を多面的、立体的に見られるというのは、絵の場合ばかりでなく、その時代や文化そのものに巾と奥行きがあるということだろうと思います…

 

3 ゴッホ、セザンヌの影響

中川一政は『うちには猛犬がいる』の「腹の虫」「ゴッホの絵」で、ゴッホやセザンヌからの影響を語ります。その影響の受けかたが一味違います。かつて、研究所から美術学校へ入り、<仕上げに洋行して帰らなければ、世間は画家と認めない>時代がありました。

その頃、絵を描きはじめた中川は、<遠い国のゴッホ、セザンヌが何と近く、親しく思えたろう>と言います。<ゴッホもセザンヌも素人である。美術学校を卒業したことも研究所へ行ったこともない。自分なりに勉強し、自分にあう表現法をとった>のでした。

<セザンヌもゴッホもありふれた足許から仕事を始めている。この先覚にとって自然が「第一の師匠」である。私たちはこれにならって絵を描きはじめた>のです。<教わった技術は役に立たない><食うか食われるかの勝負をして歩かねばならない>とのこと。

自分は野獣だが今の画家は<家畜かも知れない>、<教わるということは人から餌を与えられることである。教わってもそれに満足出来ないで檻をやぶって出て来る者が、古来画かきになったようだ>と言います。経験に裏づけられた信念の立体論だと思いました。

 

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