■谷崎潤一郎の添削:新聞記事の修正例

 

1 文章に関心を持ち続けた谷崎

谷崎潤一郎の文章には長文が多くあります。おかしな文は、どうやら一つもなさそうです。日本語で問題のない長文を書くには高度な技が必要です。日本一の作家ですから当然と言えば当然ですが、それだけ文章に気を使っていたということでもあります。

昭和33(1958)年の「気になること」に、<文章の書き方に関心をもって何やかやと書いたことがあるが、今でもその癖が止まない>と書いています。この中で新聞の記事について、苦言を呈しています。

新聞の文章は、出来るだけ短い中に、できるだけ多量の内容を詰め込むことが必要なのであろうが、同時に、読者が読んですぐその意味が呑み込めるやうに書く、と云ふことも、或はその方が一層、必要であるかも知れない。いくら簡単に書いてあっても、意味が通じにくいのでは何にもならない。

 

2 文豪のめずらしい添削例

谷崎は具体的に新聞記事の文を例にして、これはおかしいと指摘します。おそらく昭和33年頃の新聞記事のなかから見つけた文だったのでしょう。文豪が新聞記事をもとに添削しているめずらしい事例になります。

周総理のあまりに激しい岸首相の二つの中国非難から日本側でいわれている中共との郵便協定など、政府間の取り決めには、中共は一切応じないのではないかと見るむきもある。

たしかに意味がとりにくい文です。谷崎が問題にしているのは前半部分です。<周総理のあまりに激しい岸首相の二つの中国非難から>という部分について、これでは意味が通じにくいだろうという指摘をしています。まさしくその通りです。

谷崎は、この前半部分をどう直したのでしょうか。以下をご覧ください。大幅な修正になっています。そのあとに原文をつなげてみました。ただし後半の「政府間の取り決めには」の「は」を削除しています。

岸首相の二つの中国という考えを周総理があまりに激しく非難することから推測して、日本側でいわれている中共との郵便協定など、政府間の取り決めに、中共は一切応じないのではないかと見るむきもある。

 

3 日本語の基本構造

谷崎が問題視した前半部分の構造は、「の」で強引に単語を接続させた文でした。<「周総理の」あまりに激しい「岸首相の」二つ「の」中国非難から>…というように3つの「の」が続いています。とくに「周総理の」「岸首相の」が問題でした。

谷崎の修正は正攻法です。「誰が」という主体者を明示し、「何を」非難しているのかがわかるように対象物を示し、どうしたのか…と文の要素を整理しています。「周総理が」「岸首相の…考えを」「非難する」と文の基本構造をおさえています。

「誰が・何を・どうする」というのは行為を表す文の基本形です。こうした基本形に「ことから推測して」を付加して、その後の文に接続させています。基本形のところで区切ってしまってもよいと思います。そのほうがわかりやすいのではないかと思います。

周総理は、岸首相の二つの中国という考えを激しく非難した。このことから日本側でいわれている中共との郵便協定などの政府間の取り決めに、中共は一切応じないのではないか、と見るむきもある。

谷崎の文章がびくともしないのは、きちんと日本語の基本構造を意識していたからだろうと思います。添削例を見ると、そのことがわかってきます。長文であっても、読む側が混乱しないように、基本形をきちんと押さえた形式をとっています。

 

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