■中井久夫の文書論・マニュアル論

1 起承転結は不要

中井久夫は精神科医にして文筆家、2013年文化功労者(評論・翻訳)に選ばれました。『清陰星雨』に書いています。<最小限千二百字、段落が四つ、起承転結、これが日本語の短い論文の基本である。八百字では随筆にはなっても論理構成には不足だ―>。

これに対してアメリカ人は、起承転結を嫌って、<そういう書き方をするから日本人の論文がアメリカの雑誌掲載を却下されることが多いのですね>と言ったとのこと。中井は、<私がこれほど驚いたことは久しくない>と書きます。逆に驚きます。

自己主張ばかりでなく、異見や反論を先取りする広い視野を示す「転」が必要だという中井に対し、アメリカ人は言います。異論は別の論文に書くべきで、<同じ論文に書き込むことは、論旨の弱さ、論者の優柔不断とみなされます>と。このアメリカ人の言う通り!

    

2 ビジネス文書は自説中心で書く

とくにビジネス文書は自説中心で書くべきです。自説の弱点やリスクがあるなら、それを書くべきですが、異見や反論を先取りする必要などありません。これは他の人がなすべきです。自説を主張したのに対し、それを承認したなら承認した人にも責任があります。

マニュアルも同じです。同じ本で、<米国人は作業を簡潔に文字化する「マニュアル」を作るのが上手である>と書き、それに対して日本人の<マニュアル作りのまずさ加減は有名で>あるとしています。簡潔に記述するのに異見や反論への考慮など不要です。

『臨床瑣談』に中井の作ったマニュアルの話があります。中井は1962年に「ウイルス学実験手技マニュアル」を書き、1995年くらいまで用いられていたそうです。すばらしい出来だったのでしょう。<たぶん私のロンゲスト・セラーである>と書いています。

     

3 臨床的思考が作成の基本方針

よく出来たマニュアルは、先のものだけではなかったようです。<精神科医になって最初に書いたのは精神科「往診マニュアル」である。これもあちこちでコピーされたともきく>と同じく『臨床瑣談』に書いています。

マニュアルは不器用な人間が作るもので、人の二倍試験管を割る私にはその資格が十分あった。実験室内のくしゃみの仕方とか、遠心器をまわす時はネクタイをはずせ(万一巻き込まれると首が絞められて生命にかかわる)と書いてあるマニュアルは他にみたことがないと、そうそうたるウイルス学者がほめて下さったことがある。

記述内容の決定は、どういう基準だったのでしょうか。同じ本にヒントがあります。<重症度の高いもの、後遺症の残りやすいもの、まちがうと取り返しがつかない確率の高いものから先に考えるのが臨床的思考である>と書かれています。

マニュアル作成の基本方針となるべき考え方です。中井の作ったマニュアルは「異見や反論を先取りする」内容は省略され、「作業を簡潔に文字化」したものだったでしょう。その記述方針は臨床的思考のようです。ネクタイをはずすことは優先すべき事項でした。

      

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