■業務の定義と分類 1/3:池田清彦『分類という思想』から学ぶ

1 分類には名前が必要

池田清彦は『分類という思想』で、分類のためには名前が必要である、という前提を指摘しています。分類するには、分ける基準が必要です。<基準は名とは限らないが、他人に伝えようとすると、それはただちに名になる>ということでしょう。

しかし、名前をつけて分けたとしても、両者を明確に分けたことにはならない、ともいえます。『分類という思想』では、動物と植物の例があげられています。動物と植物という分類は、<厳格な基準によって決まっているわけではない>のです。

名前がひとり歩きしている感じもします。名前をつけたなら、両者がきれいに分けられたような気分になりがちです。両者を厳格な基準で分けたとしたならば、両者を定義できるはずです。

では、動物と植物は明確な定義がなされているのでしょうか。アリストテレスによると、カイメンやホヤなど動物なのか植物なのかよくわからないようなものがある、という考えになります。定義が不明確だからともいえます。

今日なら、カイメンもホヤも動物であると明言できるでしょう。池田は書いています。<細胞のまわりに細胞壁を持たず、葉緑体もないことから、カイメンを植物と考える学者はいない>。分類の基準が明確化したのです。

 

2 分類基準はあとからやってくる

植物が動物とどう違うのか、その分類基準が今日、だんだん明確になってきたと言えます。現在、植物に分類される<最も明瞭な分類基準は、細胞壁と葉緑体の存在>(以下、引用は『分類という思想』)であり、それがそのまま、植物の定義になります。

しかし、ここで大切なことがあります。<細胞壁はフックによる細胞の発見(『ミクログラフィア』1665年)以後の概念であり、葉緑体は1838年にマイエンにより発見され、1862年にザクスにより光合成の主役であることが実証された>という点です。

つまり、<植物を動物と区分している分類基準が発見された後に、植物という名が生じたわけでは決してない>…ということです。先に、概念を表す名前があり、その後に、区分するための分類基準を探したと言えそうです。

実際、アリストテレスは植物と動物の区分の基準がハッキリしないと言いながら、ホヤもカイメンも動物であると知っていたとのこと。こういうことは、よくあることです。先に言葉があり、それが明確に定義されていく、という順序を経ていくのが普通でしょう。

ビジネスでも同じことです。業務の中に、ある種の行動がありそれに名前がついていきます。しかし、それを明確に定義しようとすると、なかなか簡単に記述できません。記述できなくても、その行動はなされていて、必要である…ということはあります。

業務をきちんと記述することは、それだけも大変なことです。これは、実際にやった方ならお分かりの通りです。そして、完璧に記述することは不可能です。もともと業務に正解はありませんから、完璧を求めるほうがおかしい、ということになります。 (つづく

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