■業務マニュアルを作る価値:苦労して作る意味があるのか…?

1 「組織のかたち」を書いた文書

業務マニュアルの作成に興味をお持ちの方でも、なかなか簡単に動けないというお話をお聞きします。業務マニュアルを作ろうとすると、業務をそちらに振り向けなくてはならない人が出てきます。実際に作るとなると、負担が大きいと感じることもあるはずです。

もっともなことだと思います。業務マニュアルがあると、どれだけ収益に貢献するのか、明確にするのは簡単ではありません。まず、今の業務をきちんとやることを優先しようということになりがちです。

もちろん、こうした考えをお持ちになるのは、業務マニュアルが十分整備されていない会社に限ったことです。機能する業務マニュアルをもつ組織に、この種の感想を持つ人が多数を占めることは、常識的には考えられません。

一定規模以上の組織に、「組織のかたち」(「会社のかたち」)を書いた文書がないというのは、リスクのある状態です。「組織のかたち」というのは、組織の目的と、それを実現するためにとられる業務の仕組みと流れを示したものです。

業務を把握していない組織は、環境変化のたびに不安定になりがちです。逆に、組織の目的とそのための業務全体の流れを把握している組織は、何をどう変えていったらよいのか、具体的にわかります。

具体的な記述があるということが、大きな力になっています。なぜ苦労して業務マニュアルを作る必要があるのか…? 自分達の業務の状況を把握しておくのに必要だから、という答えがひとまず考えられます。

 

2 実質的意味の業務マニュアル

業務マニュアルが書かれていないのに、自社の業務の状況を把握しているということがありえます。規模が一定以下の組織で、風通しがよく皆の考えが共有されている場合には、文書で書かれた業務マニュアルがなくても、業務の状況を把握できるでしょう。

こうした組織には、業務マニュアルがないという言い方も、けして間違っていないと思います。ただ、別の言い方もあるだろうと思います。業務の把握が出来る状況にあるということは、それを書くことが可能な状況にあるということでしょう。

あえて書いていないだけですので、こういう組織には、実質的な意味の業務マニュアルがあると言えそうです。イギリスの憲法と同じだろうと思います。イギリスには成文の憲法典はありませんが、実質的な意味の憲法があります。

国家には実質的意味の憲法が必ずあるというのが、通説的見解です。したがって、この意味からもイギリスに憲法があると言えます。ここで大切なことは、イギリスには近代的憲法があるということです。

基本的な人権と統治行為についての考えが、判例を通じて定着しています。その基本となる原則が「法の支配」です。ここに言う「法」は、内容が合理的でなければならないという実質的要件を含む観念であり、自由主義・民主主義に反する内容は排除されます。

組織にも、内容が合理的で、基本原則に反する業務は排除されるという原則がなくては、組織の存立自体が不安定になります。「法の支配」と「法治主義」については、以前、書いたことがあります[法の支配と法治主義:業務を考えるときの基本]。

 

3 組織のマネジメントが源流

業務マニュアルで大切なのは、その組織が「組織のかたち」をもっている、ということを明示する点にあります。業務を標準化して、その手順を書くことが最優先させるわけではありません。どういう内容のルールでないといけないのか、その明示が優先されます。

単にルールがあればよいというのでもありません。ルールさえあればよいのなら、かつての法治主義のように、形式的に成立したルールをもとに、専制が行われるリスクさえあります。組織のマネジメントの基本が、業務マニュアルの中核なのです。

マネジメントと無関係な業務というのはありえません。一定以上の複雑な業務になってきたら、文字に書いてルールを明示しておくことが、組織を安定化させます。付加価値の高い業務ほど、属人的な業務になりがちです。

属人的な活躍が組織全体のレベルに反映するようにするためにも、組織のかたちを確認しておく必要があります。そうすることで、ノウハウを生かす仕組みが出来上がり、あるいは、ノウハウを生む環境を整えることが出来るようになるはずです。

ピーター・ドラッカーは『マネジメント』の「まえがき」に「専制に代わるもの」という副題を添えています。マネジメントの思想が専制を阻止すると考えています。マネジメントの考え方は、隠しておくべき秘伝ではありません。明示しておく必要があります。

組織は、自らの組織のかたちを明示しておくことで、組織の不安定化を阻止することが出来ます。ここに言う「組織のかたち」の存在がマネジメントに当たります。その組織がマネジメントされていることは、その組織の社会的責任を果たすことにもなります。

業務マニュアルが必要かどうかを問うことは、組織にマネジメントが存在するかどうか、という問いかけにもつながります。業務マニュアルの源流がそこにあるということです。組織には実質的な業務マニュアルが必須であり、それは明示される必要があります。

 

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