■リチャード・ワーマン『理解の秘密』:操作マニュアルでの説明の仕方

1 情報設計の専門家

リチャード・ワーマンは、情報設計の専門家と言われています。『理解の秘密』には、たくさんの事例が紹介されています。これがなかなかおもしろいのです。例えば、情報過多に注意すべきだということは、よくわかっていることでしょう。

そこで出される事例は、はじめての場所に行く道順を聞いたときの本人の経験です。たいていの人は、「3ブロック歩いてください、それから…」のあとを思い出せないはずだと言うのです。このときどうしたらよいのか、工夫しなくてはいけません。

リチャード・ワーマンは、ローマでのエピソードを紹介しています。道を教えてくれた人は、「3ブロック歩いてください…」と言ったあと、「その先はもう一度誰かに聞いてくれますか」…と言ったというのです。

情報過多にならないよう、必要十分な情報のみを示すことが大切だ、ということになります。必要以上の情報が示されたために、混乱を生むことがあります。したがって、<どこまで詳しく知る必要があるのかをはっきりさせよう>…という提言になります。

<情報の過多は、矛盾や解釈のあいまいさをもたらしやすい>…のです。アメリカの国勢調査の手引きには、はじめに「鉛筆だけを使用してください」と書いてありながら、そのあと、「ボールペンなどよりも、できれば鉛筆を使用してください」とあったそうです。

鉛筆以外が禁止なのか、できれば鉛筆なのか、ここで矛盾が生じ、解釈のあいまいさを生むことになります。こういう話の展開を見ると、リチャード・ワーマンはうまいなあ…と感心します。

 

2 操作マニュアルで一番問題になること

操作マニュアルを作るときのことを考えて見ましょう。<往々にして、専門家の出すインストラクションには初心者のための情報が欠落している>と、ワーマンは書いています。インストラクションというのは、説明するときの「指図」といった意味のようです。

まさに操作マニュアルで一番問題になるのが、ここです。専門家は、初心者のわからないところがわからないのです。そこが専門家の不利な点です。はじめに何を押さえるべきか、そこを示さずに説明を重ねることは、ムダでしかありません。

この点、画期的なパソコンの操作マニュアルを作った海老沢泰久も同じことを言っています。ウィンドウズ95のパソコン用の製品マニュアルが、『これならわかるパソコンが動く』という本になり、最近まで図書館に置かれていました。

マニュアルというのは、その機械のことをよく知っている人間が書くから、読む人間がわからなくなるのである。なぜなら、知っている人間というのは、世の中にそのことを知らない人間がいるということをしばしば忘れがちになるものだし、そのことに仮に気づいたとしても、自分がよく知っているために、知らない人間というものは何を知らないのかがわからないのである。  『暗黙のルール』

大切なポイントは何であるのか、そこを押さえることが、説明の要諦です。たいてい大切なポイントは、最初に示さないと、その先がわからなくなります。そのポイントを簡潔に書くことが、使える操作マニュアルを作る第一歩だろうと思います。

そして、ワーマンが言うように、<一部の人々にはばかばかしいほどあたりまえのことが、ほかの人にとっては決定的に重要かもしれないのだ>…という点を忘れないことでしょう。

 

3 シンプルな説明が欲しい

機械を買った人の多くは、「それでいいのです」と言って欲しいのだと、ワーマンは指摘しています。ひとまず最低限のことができれば、その先に進めます。手始めに使用する場合、シンプルな説明が求められることになります。

ワーマンは、旅行に行くために買ったビデオカメラの説明がわからなかったようです。ほんとうは、こんな説明が欲しかったのだと、とてもシンプルな操作マニュアルのサンプルを示してくれています。まとめると、以下のようになります。

① まず電池が充電されているかたしかめて(赤ランプを確認してください)、フィルムをいれてプレイボタンを押してください。
② 撮影してみましょう。自由に動かしてください。
③ そして巻き戻しボタンを押して、撮影したフィルムを見てみましょう。大変けっこうです。
④ 一ヶ月たって、特別機能の操作法を知るためにこのマニュアルをふたたび見たくなったら、どうぞ戻ってきてください。

実際の操作マニュアルの場合、おそらく、こんな簡単な説明だけは済まないでしょう。しかし、このくらい簡単なら、たしかに読んでくれるだろうなあ…と思います。いかにシンプルに記述するかということが、操作マニュアルの勝負になります。

リチャード・ワーマンが示したシンプルな上記サンプルを「ワーマン・モデル」として、私は大切にしています。『理解の秘密』には、さまざまな事例があり、興味深い本になっています。1993年出版ですが、その指し示す方向は、現在も変わっていません。

 

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