■P.F.ドラッカーの自己検証法

▼「正しい問い」を重視したドラッカー

P.F.ドラッカーは、たくさんの斬新な視点を供給し続けた人でした。20歳代から90歳を超えるまで書き続けたまさに巨人です。マネジメントの体系の基礎は『現代の経営』で作られたのではないかと思います。

本人は学者というよりも、文筆家という認識だったようです。1972年のダイヤモンド社「ドラッカー全集」の日本版への序文「文筆家兼学徒としての著作に対する回想」に、文筆家とする理由として、≪「文筆家」には、言葉が主人なのである≫とあります。

ドラッカーは、言葉によって、知識を供給しようとしました。≪わたしにとって知識とは、行為が伴ってこそはじめて生じるものである≫≪わたしの本はみな-少なくとも1946年の『会社という概念』以後の本はみな-人を動かして行為させようとしている≫。

そのとき大切にしてきたのは、「正しい問い」でした。

わたしは、正しい答えを与えたかどうかが、おそろしく重要であると考えたことはない。むしろ、正しい問いをするほうがはるかに重要だと思う。というのは、答えは「正しい答え」として非常に長い間とどまるのはまれなことを学んだからである。それに反して、正しい問いは「正しい問い」として非常に長い間とどまる。非常に大きな問いは、何百年、何千年にもわたって、根本的な問いとしてとどまり、非常に多岐にわたった伝統、文化、人種からなる人間にとって「正しい問い」なのである。

こうした根本的な立場をドラッカーはとっています。問いと答えは関連して思いつきます。正しい問いを掴み取るためには、答えも含めた洞察が必要です。その検証をどうやって行ってきたのか、そのあたりを考えてみたいと思います。

 

▼正しさを確信するとき

ドラッカーが、自分の問いと答えを自己検証するときに、どういう手法をとっていたのでしょうか。明確に語られていません。しかし、そのヒントはあります。『傍観者の時代』のなかに、自分の考えが思い浮かんだ場面が描かれています。

12歳のときにすぐれたピアノ教師でもあったシュナーベルのレッスンに立ち会います。そのとき「音楽」が聞こえたのです。女の子が最初にピアノを弾き、それに対してシュナーベルがこうだよと弾いてみせ、その後、女の子が弾きました。

私はそのとき突然,正しい方式は,少なくとも自分にとって正しい方式は,効果のあるもの,業績をあげている人たちを探し求めることだということに気づいた。 『傍観者の時代』風間禎三郎訳

自分の確信の中核を探し当てた瞬間です。それまで聞こえなかった「音楽」が聞こえたのです。自分の知覚が、本物を捕らえました。同時に、自分にとっての正しいアプローチの仕方を確信しました。この洞察をどう自己検証していったのか、興味深いことです。

 

▼自己検証の仕方:2つの方法

ドラッカーは、2つの方法で自己検証していったように思います。まず、自分の行為の結果によって検証を行いました。この考えが正しいかどうか、自分の行動にどう結びついたのか、実践したことの影響、結果をフィードバックすることで、検証したのです。

もう一つは、知恵ある人の洞察をもとに、正しさを裏づけました。≪神は過ちを犯すものとして人をつくった。したがって人の過ちに学んでも意味はない。人のよき行いから学ばなければならない≫と、ユダヤ教の知恵あるラビは語っていました。

知恵ある人の考えが自分の考えと一致していることで、自分の考えの正しさを確認しています。考えの正しさを検証するときに、心理学や脳機能がどうであるからとか、そうした学問体系に頼ることをしませんでした。知恵ある洞察者の考えを基準にしました。

最強のマネジメント集団が、マーケティングをするときに定量化された数字を重視しながら、それとは別の何かを求めているのに通じるものがあります。ビックデータがあるからといって、それだけで正解が見出せるはずはありません。

 

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