■イギリス人が英語に自信を持った時代:ジェーン・オースティン『説得』から

▼英語に自信のなかったイギリス人

世界で一番学ばれている言語は英語でしょう。少し前までは、英語を勉強することが国際人になる資格であるような雰囲気までありましたね。しかし意外なことですが、イギリス人は、17世紀まで英語に劣等感を持っていたようです。

イギリス人が英語に自信をもち始めた背景には、イギリスの経済的な発展に対する自信があったようです。それに加えて、国内に教養ある人たちがおおぜい生まれてきたからだろうと思います。その時期は、18世紀の後半のようです。

歴史の本を見ると、イギリス初代の首相といわれるウォルポールの在任期間が、1721年から1742年までの21年間で、その後、議院内閣制が確立していったとのこと。イギリス最大の哲学者であるヒュームの生まれたのが1711年で、1776年に亡くなっています。

1776年にアメリカが独立していますので、この頃、イギリス国内は混乱していたはずですが、当時のイギリスでは、貴族階級より下の階級の人たちが、実力で成功して紳士・淑女の世界を形成していったようです。

 

▼オースティンの小説

イギリス人が英語に自信をもった時代は、実力を持つ人たちが社交の場を形成していった時代と重なっています。その頃の様子を知るには、ジェーン・オースティン(1775年生-1817年没)の小説を読むのが一番よいのかもしれません。

『自負と偏見のイギリス文化』で新井潤美は、オースティンの小説の特徴について書いています。

オースティンは、自分の知らない事柄は小説には書かないという主義で、例えば会話でも、女性のいない場で男性が交わす会話は、女性である自分は知る由もないということで、書かなかったくらいである。したがって彼女の小説の舞台は、自分が所属する、今ではアッパー・ミドル・クラスと呼ばれる階級の紳士、淑女の世界であり、その下の商人や農民も描かなければ、最も上の上流階級を描くこともなかった。

こういう小説ですから、<当時の社会や風習を知る格好の材料とみなされる>のです。ことに『説得』(『説き伏せられて』)は、1814年を現在とした小説で、あたらしい階級の様子がよくわかります。

 

▼経済力と教養の厚み

主人公アンの父は、準男爵という貴族階級に準じたアッパー・ミドル・クラスの人でした。維持できなくなった準男爵の屋敷を借りたのが、退役した海軍の将官です。その夫人は、海軍時代、夫とほとんど行動をともにしています。

「15年の結婚生活でかなり旅行いたしましたわ、と申しましても、もっとなさいました方がたくさんありますけれど。大西洋を四度渡りましたし、東インド諸島に一度行って帰ってまいりました。英国近海のちがったところ何ヵ所かにおりましたうえに、一度だけですけど、コークやリスボン、ジブラルタルなどにもおりました。…」(近藤いね子訳)

こうした会話にみえるように、海外にも目が向いています。準男爵の次女アンは、細やかな心もちのよい27才の女性です。分別とともに、やさしい感情を持ち、自分で物事を決める決断力もあります。イタリア語のできることが、さりげなく紹介されてもいます。

海軍軍人の妻であることを光栄としたが、この職業に属するために-それは国家的に重要であること以上に家庭的な徳に秀でているものであったが-いち早く気をもむという税金は払わなければならなかった。

この小説の結末です。安定した社会であるからこそ、戦争を恐れる気持ちを持つのでしょう。アッパー・ミドル・クラスでは、いわゆる「ジェントルマン化」していく過程で、貴族階級に対抗するため「教養」が必要でした。

蒸気機関の発明でいち早く産業革命を起こしたイギリス人も、海外を見た上で、自国に形成された教養の厚みに自信をもったものと思います。経済力に加えて、教養の厚みが、英語に対する自信につながったようです。

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