■安崎暁コマツ元社長のお話 講演録3/3

2014年7月10日、システムイニシアティブ研究会での、安崎暁コマツ元社長の講演の完結編(3回目)です。メモを基に再構成しています。  1回目はこちら 2回目はこちら…です。

▼M&A

ハイブリッド経営の中には、M&Aが含まれています。1985年のプラザ合意以降、1ドル240円とか250円は円の過小評価ではないかといわれて、円高に転じました。このころアメリカは、アンチ・ダンピンクということを主張していました。

当時、アメリカ3位の会社と合弁して81%出資になっていたのですが、お荷物でした。それを最後には買いました。大型ダンプ技術を持っていて、円高で安かったということがあります。円高で、技術を持った会社を安く買えるようになりましたから、アメリカの建機メーカーを買収してアメリカに足場を作りました。

アメリカの大型トラック、油圧ショベルの会社を買いましたが、品質を上げることは、コマツがやります。買収した会社は、開発はよいのですが、品質がダメです。開発重視できていますから、どうしてもバランスが悪い。コマツの指導で品質を上げていきました。いまコマツでは、開発エンジニアと生産エンジニアを平等に扱っています。

またドイツのマンネスマンは、ドイツ1の通信会社になると言って、大型の油圧ショベルの部門を切り離すというので、これを買いました。小さなものは日本で作れましたが、大型化するには技術、人間、時間とお金がかかります。

その後、ドイツのマンネスマンは通信に乗り出して失敗して、ボーダフォンに2000年に買収されました。コマツは、時間を買うために動いて、技術を獲得しました。

 

▼ビジネスモデルの転換

コマツにも問題がありました。大型のタイヤはブリヂストンとミシュランしかなく、モーターはGEの独占価格ですから、タイヤとモーターのために一生懸命売っていた感じです。

コマツでは、ビジネスモデルを変えていく方向に舵を切りました。それまでの「ばら売り」をやめて、生産システムをまとめて売り込む方向に持っていく。それを大鉱山に売りこんでいきました。全体のビジネスのコントロールは日本でやっていく。ファイナルコントロール、全体的なもの、これは日本でやっていくということです。

鉱山まるごとのパッケージですから、相手がこれは…というまでには時間が必要でした。ばら売りのときの信用があっても、システムとばら売りを結びつけるということになると、簡単にはいきません。ばら売りの人は、発想が違いますから、担当をやめてもらう。人事配置を変えました。

数百億円の研究開発費の中で、工夫しながら継続させてきました。はじめてからモノになるのに、30年かかっています。社内の応援団の賜物です。そういう雰囲気の会社であることが大切です。教育費を削らないという考え、21世紀委員会で無駄を認めるべしという意見がありましたが、その人たちが偉くなっていきました。

 

▼開発側の事情

大鉱山の開発をする会社から、GPSを使って無人で最適システムを請け負い、年間で全体のパッケージと補給メンテナンスを請け負うことになりましたが、お客さんは文句を言いません。開発側にも事情がありました。

もともと鉱山で生産したものは、日本なら新日鉄、東電に売り込みます。たいてい新日鉄が買う価格で相場が決まります。過当競争で鉱山の開発も厳しくなりますから、これではまずいので、M&Aをやって会社の数を減らしていった。過当競争がなくなったところに、中国が発達して巨大な買いが入ったのです。

現在、中国のバブルが崩壊して買いが何分の1かになって、ビジネスは下降期に入ってきましたが、それまでは、この値段でしか売りません…と売り手が言えたのです。新規の鉱山開発をしても、投資がペイするようになったので、開発を始めました。中近東のオイルが2ドルから100ドルになったのと同じような現象で、キャタピラーやコマツは恩恵を受けました。

鉱山側では、従来の開発だと、何百人単位で3交代の人が必要になります。社宅や道路、学校、病院が必要になります。無人のシステムだと、こうしたインフラ投資が不要になります。管理をする人が少数いればすむ。週末に行くだけですむのです。初期投資がなくても開発ができます。一式いくら、何千万ドルですみます。

このとき品質と信頼性が大切です。こうした技術を持っているのはコマツとキャタピラーしかありません。今後も、古い鉱山の無人化が進むだろうと思います。ITと機械技術の融合の成果です。

 

▼M&Aの成果

品質を確保するためには、投資を減らさないことです。投資を減らすとエンジニアが逃げます。M&Aをやっても、よくなるのに10年かかります。コマツと品質のレベルがまったく違います。日本のエンジニアの長所が、アメリカでは大型ダンプで生きました。

マンネスマンでは、機械部門に有能な人がいましたので、その人は30代でしたが社長にして、その後20年社長を続けてもらいました。当時、親会社がガタガタでした。人と一緒に、会社を買ったのです。

鉱山の生産管理システムを下請けするベンチャーの会社も買いました。アリゾナ工科大学の先生がはじめた事業で、毎年学生が20人くらい集まる中に、4年目になって社長がつとまる人を見つけたので、会社を作ったんだと。30代の社長がシステムを売りこんだというのです。

この生産管理システムは、すべてオープンに使えるものでした。キャタピラーがやっていたのはキャタピラー独占のシステムなので、それを使うところではコマツが負けていました。この会社の鉱山のシステムは、両方の機械が使えるので、7割が導入していました。

ところが大学教授が年をとり、社長も辞めたので、コマツ・アメリカの社長のところに来ました。1996年から97年にかけて、アメリカのトップも東京の取締役会に参加するように言っていたので、月に1回日本に来ていました。こういう会社があるけれども、買いたいと言うので、すぐに買えと言いました。教授は少し会社に残って、その後、大豪邸を建てています。

コマツもこれで負けなくなりました。コマツの建機は、いま147カ国205社の代理店があります。総需要台数の99%をカバーしています。イラクやアフガニスタンなどの紛争地帯以外、すべてカバーしています。すべて社員は外国人です。

 

▼真の敵は世の中の変化

大鉱山の開発をしている会社では、マニュアルレポートに今年いくら投資したと書く。でも生産をやめることがあります。供給が多くなると、休んで値崩れしないようにしています。

自分たちの価値の値段を示す。そうやって事業を成り立たせるのです。真の敵は競争相手ではなくて、世の中の変化だろうと思います。

最後にご紹介します。日中友好のために草の根の活動をしている人たちがいます。「和華」という雑誌を発行していて、今日も代表の孫(孫秀蓮)さんが来てくれています。広告を出すくらいしかお手伝いしていませんが、応援しています。

本日は、ありがとうございました。

 

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