■現代の文章:日本語文法講義 第18回 「センテンスの確立と文末概念の採用」
(2022年5月24日)
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1 言文一致の進展とセンテンスの確立
日本語の文末の確立によって、日本語の散文ができてきました。文の終わりの形式を整えることによって、センテンスという単位が成立することになったのです。センテンスがチェーンのようにつながりあって、話の流れができてきます。
日本語の散文ができたとは、近代的な文章が成立したという言い方もできるでしょう。岡田英弘は『歴史とはなにか』で「日本が簡単に国民国家に転換できた理由はなにか」という見出しを立て、その横に「最大の難問は国語だった」という文を並べています。
岡田は、[天皇の宮廷は、歴代、漢文から離れた日本語の開発に努力を傾けた]ことを重視しました。[そのおかげで、十九世紀の日本語は、長い間の文学の伝統の蓄積があったから、それを基礎にして新しい国語を作るのも、わりに簡単にできた]のです(p.185)。
ただし[わりに簡単]だといっても、[日本の近代化にとって、いちばん大変だったのは、この国語の問題だ](p.185)ということになります。日本語で散文を書くスタイルを確立する必要がありました。
ここで大切なのが、言文一致ということです。書きことばを確立させること、さらに話しことばと、双方から近づいてくることが必要になりました。話す言葉を、書き表せるということは、あたりまえのことではありません。
岡田は、[下関講和条約の締結の翌年、1896年から毎年、清国人の留学生が多数、日本に押し寄せて来た](p.194)と記し、[清国人留学生が日本に来たころ、日本では、言文一致体の開発がすでに進んでいた](p.195)と書いています。
日本と清国の言葉の状況には大きな違いがありました。日本語を発展させ、近代化させていったときに、まだ清国では言葉の近代化が進んでいなかったということです。岡田は、以下のように書いています。
▼留学生たちは、それまで口で話して耳で聴くことばと、手で書いて目で読む文字とは別々で、対応しないのがあたりまえだと思い込んでいたから、日本では、話しことばをそのまま文字で書きあらわすことが可能であり、文章を読みあげればそのまま、耳で聴いてわかる言葉になることを発見して、新鮮な衝撃を受けた。それで清国人たちは、国民国家化には、日本の日本語のように、中国にも中国語というような国語が必要だ、と思うようになった。 p.195 『歴史とはなにか』
言文一致は、近代的な散文の特徴と言えるでしょう。私たちが話をするとき、一定の長さで、区切りをつけていきます。「…です」「…しました」といった言い方は、話すときにも書くときにも使うものです。
書き言葉が一方的に、話しことばに近づいていったのではありません。言文一致体の確立によって、話しことばと書きことばの双方が接近することになりました。このとき大切だったのは、文末形式の確立だったということです。
文の終わり方の形式が標準化されてきたため、文末は文を終わらせる機能を獲得することになります。文末形式が確立することによって、文の区切りが明確になりましたから、その結果として、文=センテンスという単位が確立することになりました。
このとき文=センテンスという独立した単位は、どんな構造をもっているのかが問われることになります。日本語のセンテンスで一番基礎になる構造は、前回にも記した通り、文末がその前に置かれるキーワードを束ねるということでした。
文末でキーワードが束ねられ、その前に置かれたキーワードの意味が統合されます。その結果、日本語の散文では、センテンスが終わるときに、センテンス全体の意味が確定することになるのです。
こうして文末は、センテンスを終える機能と、センテンスの意味を確定する機能の2つの機能を持つことになりました。
日本語は19世紀以降、20世紀ころまでに、言文一致体が確立し、センテンスの単位が確立し、文の構造も整ってきましたから、かなりの程度、近代化されたと言えるでしょう。日本語が近代化されることによって、読み書きが効率的になりました。
この点、先にふれた漢文の場合、言文一致が遅れていましたし、岡田英弘『歴史とはなにか』によれば、清朝では[全国で通用する話しことばはなく、「中国語」という観念すらなかった](p.194)とのこと。
清朝が倒れた後、1918年に魯迅が「白話文」(口語文)を作ります。これは[日本語の文体をそのままなぞったもの](p.196)だったようです。このようにして現代中国文は開発されていきます。先行した日本を後追いすることになったのです。
19世紀以降の日本語散文の開発は着実に成果を上げていったといってよいでしょう。そのときのポイントは、言文一致体とセンテンスの確立でした。文末の標準化は、この両方に影響を与えるものだったといえます。
2 述語概念ではなく文末概念を採用する理由
文末の標準化によって、センテンスの意味の確定とセンテンスの終了という二つの機能が確立することになりました。これらの機能の前提として、センテンスに置かれたキーワードを文末が束ねる役割をもつということがあげられます。
日本語の基本構造で一番大切なのは、おそらくキーワードと文末とが対応関係をもつことでしょう。こうした役割を文末がもっているため、述語の概念が問題になります。文末の概念と、述語の概念を並列させることに無理があるかもしれないのです。
文末のもつ機能や構造を重視する場合、述語の概念をどう考えたらよいのかが問題になります。述語の概念と文末の概念が並び立ちそうにないため、述語概念を採用しますか、文末概念を採用しますかということになるのです。
述語という概念をどう見たらよいのか、かならずしも明確ではありません。それでもほぼ例外なしに、述語を構成する中核の言葉の品詞を問うています。述語の品詞は名詞、形容詞、動詞になるという見解が示されているのです。
この結果、センテンスの種類を名詞文、形容詞文、動詞文というふうに述語の品詞によってタイプ分けすることまで行われています。述語という概念を採用し、この概念を発展させていく過程で、品詞が前面に出ることになりました。
その一方で、「~だろう」「~かもしれない」「~そうだ」「~べきだ」などにあたるモダリティ(ムード)という概念を採用して、これを述語から独立させています。こうした言葉がある場合、センテンスの最終部分が述語から切り離されることになるのです。
述語の最後の部分が切り離される場合があるということは、述語の機能に影響することになります。述語にはセンテンスを終了させる機能があるとは言えなくなりました。文末のもつセンテンスを終了させる機能を、述語は持っていないと言うべきでしょう。
さらに文末が持っていたセンテンスの意味を確定する機能を、述語は持てなくなります。文末の最後が切り離された場合、その切り離された後に続くことばによって、センテンスの意味は変わることになるからです。
文末の部分が「来るだろう」「来るかもしれない」「来るそうだ」「来るべきだ」のどれになるかによって、センテンスの意味は当然のように変わってきます。述語の概念を見ると、先に見た通り「来る」が述語の中核的存在であって、その品詞が問われていました。
前回ふれたとおり吉川武時は『日本語文法入門』で、機械翻訳の目的で日本語を分析する「格文法」という理論を、[日本語教育での文法]にあてはめて考えようとしています。[文は「核文」と「モダリティー」とから成る](p.10)ということです。
また原沢伊都夫の『日本人のための日本語文法入門』でも、【述語(+ボイス+アスペクト+テンス)】+【モダリティ(ムード)】という図式が示されていました(p.144)。
原沢は「ティジュカでジョアキンがフェジョンをシキンニョと食べた」という例文を使って、述語「食べた」がその前のキーワードを束ねていることを示しています(p.21)。
「ティジュカで…食べた」
「ジョアキンが…食べた」
「フェジョンを…食べた」
「シキンニョと…食べた」
しかし、たとえば例文が「ティジュカでジョアキンがフェジョンをシキンニョと食べたそうだ」になると、述語は「食べた」のままで、「そうだ」がモダリティ(ムード)になることでしょう。そうなると述語はセンテンスを終了させる機能を持てません。
日本語の散文を考える場合に、文末のもつ、(1)「センテンスの意味を確定する機能」と、(2)「センテンスを終了させる機能」の二つの機能を、欠くことのできない機能だとするならば、文末の概念を採用するしかないのです。
ここでは文末の概念を採用することにしましょう。センテンスを独立させ、意味を確定させる機能は散文にとって不可欠なものでした。この機能を持つ文末という概念を使うのが妥当というべきです。
こうして文末の概念を採用することにした場合、文末の概念の明確化が求められることになります。どの範囲が文末になるのか、それが明確化できないと、文末概念は使えません。これは前回にも触れました。また回り道が必要になりそうです。
3 品詞とは違ったアプローチ
文末の概念を採用するとき、述語の品詞を問うのとは違ったアプローチをとることになります。言葉自体の種類を問うのではなく、言葉の接続形態から、言葉の種類を感じ取る方法を採用するのが妥当だということになるのです。
なぜ、そういう方法を採ることになるのでしょうか。読み書きの実際の状況から、それが自然だということからです。私たちは個別の品詞を意識するよりも、接続のしかたで言葉の種類を感じ取っています。
私たちが日本語で読み書きをするときに、言葉の品詞を意識することは、ほどんとないでしょう。広く使われている国語辞典「広辞苑」に品詞の項目はありません。それで不便を感じることはないはずです。
一方、名詞を明確に定義するのは、案外めんどうなことです。あるいは名詞と括られる言葉が、一様であるのかどうかも問題になります。ただし、名詞と、形容詞と、動詞は文末のスタイルから分類できることは、何度が言及しました。
「です・である」がともに接続する言葉の種類は、品詞でいえば名詞です。
「です」が接続し、「である」が接続しない言葉の種類は、形容詞になります。
「ます」が接続し、「である」が接続しない言葉の種類は、動詞ということです。
こうやって接続のあり方によって、私たちは言葉の種類を感じ取っています。品詞を意識してではありません。接続がおかしくないかということを、私たちは感じ取ることになります。「です・である」がともに適切な形で接続しているとわかるかどうかが問題です。
それがわかるということが、日本語の読み書きができるということになるでしょう。これは「の」や「こと」の接続の効果についても同様に感じ取ることになるはずです。
「の」や「こと」を接続したら、「のです」「ことです」、あるいは「のである」「ことである」と言える形式になります。この場合、「です・である」がともに接続可能になりますから、言葉が名詞と同様に、活用のない形になったと感じることでしょう。
こうした接続する言葉から、言葉の種類を感じ取るアプローチをとる場合、言葉それ自体の種類を感じることはないのでしょうか。おそらく、私たちは品詞ではない、他のもので、言葉それ自体を感じ取っているのではないかと思われるのです。
原沢伊都夫が『日本人のための日本語文法入門』で示した「ティジュカでジョアキンがフェジョンをシキンニョと食べた」は、よくできた例文でした。この例文にある片仮名は、意味の解らない言葉です。しかし、例文全体の意味は何となくわかることでしょう。
それはそれぞれのキーワードがどんな種類の言葉であるのか、何となくわかるからです。
・ティジュカで : どこで
・ジョアキンが : 誰が
・フェジョンを : 何を
・シキンニョと : 誰と
「どこで、誰が、何を、誰とどうした」という言い方をすれば、この例文の基本形を示したことになるでしょう。キーワードにあたる言葉は、「誰・何・どこ・いつ」になっています。いずれも名詞なのでしょうが、しかし品詞で認識してはいません。
「誰・何・どこ・いつ」を判定するときに助けになるのが、「で/が/を/と」などの助詞でした。原沢は、「どこで」を場所、「誰が」を主体、「何を」を対象、「誰と」を相手という言葉で説明しています(p.21)。
しかし、おそらく「どこで・誰が・何を・誰と」のままの方がわかりやすいでしょう。それが私たちの認識の仕方に近いからです。「主体」や「対象」という用語は説明に必要となりますから、不要とは言えません。ただ読み書きのときには使いにくいでしょう。
述語という用語は「主体」や「対象」という用語に近い気がするのです。読み書きのときに、使えないのではないかと感じます。どちらかというと、文末という用語は「誰・何・どこ・いつ」に近いニュアンスがあるかもしれません。
小西甚一が『古文の読解』で[術語をなるべく少なくし、文法現象そのものを考えさせる](p.198)のがよいと指摘していたことを思い出しています。文末というのは、学術用語にはなっていないでしょう。しかし、この言葉はよく伝わります。
センテンスの終了機能、センテンスの意味確定機能を重視するならば、文末という概念を使うしかありません。この概念を明確化するためには、キーワードとの関係からアプローチを試みるのが有効なようです。
ここからが、いささか長くなりそうなので、いったん、ここで区切ります。続きをなるべく早く掲載するつもりです。前回、今回と、あわただしい掲載になりました。なるべく早く、時間がとれるようになることを期待しています。